OUT IN JAPAN

あなたの輝く姿が、つぎの誰かの勇気となる。
main-image

Hiromi Endo

遠藤 ひろ海

36歳
教育関係
宮城県出身
MTF

#008 2016年3月撮影

私がカミングアウトをしたのは14年前の22歳、勢いで親にしてしまいました。まだ、LGBTなどの言葉が浸透していない時期でした。父親に激しく非難され、29歳ごろまで精神的に病み、引きこもりがちの時期が長く続きました。仕事も長く続きませんでした。
転機は29歳のときに地方で仕事が見つかり、一人暮らしを始めたことです。その頃はまだ身体的に何も施していなかったのですが、そこで過ごしていくうちに、隠しきれない雰囲気を含めて、周囲に理解され始めたのです。そんな矢先に震災が起こり、その4月に沿岸の被災地へ赴任が決まります。
被災年度は4か月のみの任用でした。延長も可能でしたが、一部の無理解と震災関連とで疲弊しきっていたため、お断りしました。
久々に実家へ帰り、自分の人生について問い直します。震災で多くの命が突然奪われた。自分もまたいつどこで命を落とすか分からない。こんな燻ったままで今際の時を迎えて後悔しないわけがない! 自分の性に対して真っ直ぐに生きていきたい! こうして、自分の性に真っ直ぐに生きていくスタイルが固まってきました。
カミングアウトは、するもしないも自分の心は変わらない。周囲の人との人間関係の再構築、自分で創っていく人間関係だと思います。ただ、残念ながら、家庭・友人・学校・職場など身近な人との関わり合いの中で、無闇なカミングアウトが、まだ不利になることもあるのが現実にあります。現在36歳の私も、適切なカミングアウトを模索して生きています。
これからカミングアウトを考える方へ、私は、まずは「孤独にならないカミングアウト」が大切と考えます。「独りじゃない」という環境にいられるだけでも勇気が湧いてきます。そのためにカミングアウトをする人を選ぶ必要は、まだ現時点ではあると思います。仲間ができて充分なエネルギーが持てたら、「人間関係を拡げるカミングアウト」をしていけたらと思います。