OUT IN JAPAN

あなたの輝く姿が、つぎの誰かの勇気となる。
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Masamichi Yoshihiro

よしひろ まさみち

42歳
ライター
東京都出身
ゲイ

#001 2015年3月撮影

互いに一人っ子で祖母に一緒に育てられた従姉(以下、姐)が「読んでみたいから買ってきて」と言われてゲットした「薔薇族」。これをきっかけに自分がゲイだと気づいた18歳のあたし。当時は文通欄か伝言ダイヤル、ダイヤルQ2が出会いツールの全盛で、その全てを試し、何人か実際に会い、2丁目デビューもし、男性との初体験も済ませました。そうする内に「自分だけじゃないし、異常でもない」という安心感を得られたことで、姐だけには打ち明けようと決意。意を決して姐にカミングアウトすると、「それで?」というそっけない反応が。姐曰く「それでまさみちが変わるわけじゃないし、別にたいしたことじゃない」と言われ、本当に安心をしました。が、それと同時に「それは多分、親には言わない方がいい」とも。うちの両親は仕事上ではゲイには寛容なのに(父は映画会社、母は美容院)、あたしに対しては非常に厳しく、「男らしくあれ」と強要するタイプだったのです。女系家族だったので、あたしは子供の頃から言葉使いはオネエ言葉だし、男っぽいこと大嫌い。だけど、それを矯正しようとしているくらいだったので、姐のアドバイスには納得でした。

その数カ月後、当時突然始めた外泊などで、あたしのセクシュアリティを怪しみ始めた母は、おそらく部屋を家捜ししたんでしょう。ある日、朝帰りしたあたしがまどろんでいる部屋にバーンっと入ってきて「他の男の臭いがする!」と言い放ちました。そして「私たち(父と母)の信用問題にもなる。うちではそういうのは認めません」と。この一言であたしの気持ちは決まりました。両親には一生カミングアウトはしない、と。

カミングアウトは言う側だけでなく、打ち明けられた側の心的ダメージが重要。受容しきれない相手にカミングアウトしても、関係が悪くなるだけでちっともいいことはありません。結果、父は気づかぬまま他界。母は9割気づいていたとは思うけど、敢えてそこには触れずにあたしといい関係を持ったまま亡くなりました。母の死の直前、交わした会話は一生忘れられません。

母「あなた、結婚しないの?」

あたし「何度も言ってるけど、こんな甲斐性なしには結婚はありえないでしょ。っていうか、まだあきらめてないの!?」

母「ちがうわよ……。あなた、一人になってさびしくないかと思ってね」

死の淵にある母は、あたしのことを理解した上で、自分がいなくなった後、残されたあたしが家族を持たずに寂しくないか、ということだけを心配してくれたようです。そのときの母が元気だったら、ちゃんと打ち明け、受け入れられたんじゃないかと思います。

カミングアウトは、打ち明ける相手の受容度とタイミング。これに尽きます。それさえ間違えなければ、互いにとって新たな一歩になるのではないでしょうか。